墨成

編集後記(2026年2月)

▼鑑賞の対象としてみてきた光明皇后筆の『楽毅論』を初めて臨書し追体験をした。筆を追ってみなければ分からなかった光明皇后の根源に少し触れられた。深みのある書にも納得させられた。光明皇后をモデルとして造られた像は、流麗でありながら実に逞しい。

▼光明皇后の筆は覚悟を決めたように、筆の肚を使った入筆から始まる。送筆は体幹と心の芯を使い、中鋒で筆を運んでいる。張りつめたピアノ線のように強烈に繊細に。収筆に至っては気持ちを静めながらも、筆の先端に生気が漲っている。全てを飲み込みながらも慈愛に満ち、毅然とした光明皇后の姿が重なる。写経で培った技術が表れている。己を全肯定した意志の強い臨書だ。

▼書とは不思議なものだ。心身を鍛えた全てのものが書には表れる。心に在る言葉を表わしたい、昨日よりも今日の力を確実にしたい、それぞれの思いを筆に託す書は、己との対話の結晶だ。

▼山本宗治さんの書「大道無門」は坦々と筆を運ばれている。この言葉は真理や悟りの世界に至る道には門は無く、どこからでも入れるという意味。気持ちを大きく以て急ぐべからず、焦るべからず、小さなことに拘らないでと優しく書かれた。真理を求める道は遠く長い。歩き続けることが肝要なのだと教えられる。書はむずかしい。けれども、そこがおもしろい。

(神原藍)