墨成

編集後記(2023年8月)

▼種田山頭火の句「分け入っても分け入っても青い山」「捨てきれない荷物のおもさ まへうしろ」「あるがまま雑草として芽をふく」。日常にふっと湧いてくる山頭火の句は、時に励まされ、時に奮い立たせてくれます。五七五の定型句ではなく、優しい自由な言葉が私達の琴線に触れるのは、山頭火の句には真理や真実が内包されているからでしょう。

▼放浪の旅で句作を続けた山頭火は、彼が九才の時に井戸の中に身を投げた母の位牌を、放浪中も持ち続けたそうです。寂しさを包み込み、悲しみを背負いながら「人生は奇跡ではない、軌跡である」と呟きながら歩を進めていたのでしょう。難しい言葉など一つとしてないやさしい言葉の陰に、想像を絶する苦しみを越えてきた像が見えます。

▼想像力が彼を支え、自由を育み、自由な心は想像力を掻き立てています。自分が共感し人に共感される、全ての自分を受け入れてもらえる居心地のよい場所を見つけることは、そう簡単ではありません。

▼しかし、山頭火は彼自身の想像力の中から湧き出る言葉によって己自身を奮い立たせています。「おこるな しゃべるな むさぼるな ゆっくりあるけ しっかりあるけ」と。放浪の旅の中で満月の月を見ては「こんな良い月を一人で見て寝る」。豊かな想像力は、百年を経て尚も共感を得ています。(神原藍)